デス・オーバチュア
第54話「不法占拠者の追い出し方」




出しゃばろうかとも思ったが、やっぱりやめておくことにする。
主導権を握る絶好の機会のような気がするが、別に今までだってその気になりさえすれば主導権はいつでも奪えた。
あえて奪わないであげてきたのは……彼女があまりに無防備すぎたから? それとも彼女を気に入っているから?
要するに、あたくしは今の状態に満足してしまっているのだ。
では、彼女のために余計な世話でも焼いてあげるか? 
彼女に異物を排除するためのアドバイスでも……。
さてさて、どうしたものか?
彼女と会ってみたい気もするし、やはり、彼女に自分の存在を知られない方が都合がいい気もするし……困ったものだ。



「きゃぅっ!」
ランチェスタの体が落下し、地面に激突した。
「……痛い……エナジー……雷をライトニングインパクトに集中し過ぎたせいで、飛ぶ力すら残せなかった……」
ランチェスタは大地に大の字に寝そべりながら、呼吸を整える。
「……まさか、この『私』を貫かれるとは……思いません……でした……よ……」
ふわりといった感じでセルが大地に降り立った。
マントごとセルの体の真ん中に大きな風穴が空いている。
「……以前……あなたに倒された時も……あくまで……マントをすり抜けて雷光……で……風魔族の体を……破壊された……だけだった……のに……」
「……どう思い知った? これがわたしの新しい力よっ!」
「ふふふっ、本当にあなたは最強……いえ、最高の魔族ですよ。ですが……」
セルは片膝を折ると、右掌を地面につけた。
「はっ!」
セルの掛け声と共に、黄色い光の粒子が地面から吹き出す。
黄色い光に浸かっているうちに、セルの背中の風穴がみるみる塞がっていった。
風穴が完全に塞がるまで十秒とかからない。
「……狡い……何よ、その能力……?」」
「これが『彼女』の能力の一つです……彼女自身が使いこなせていない、彼女自身その存在すらまだ知らない潜在能力……」
『そう、その力は貴方の物じゃないの』
「ぐっ……!?」
突然、セルがうずくまった。
「……セル?」
「…………」
ランチェスタの呼びかけにも、セルの反応はない。
セルはうずくまって、瞳を閉じたまま、完全に静止していた。



「……えっと、あれ? あたしどうしてたんだっけ?」
クロスは真っ暗な空間に居た。
何もない、果ても、上下すらない。
「確か、変なマントの女に顔を握り潰されそうになって……それから?」
それから凄まじい衝撃と共に……。
「……記憶を覗かれた?」
『そう貴方の全てを覗かれたのよ』
声が生まれた。
クロスは声のした方向を振り返る。
そこに一人の女性が居るのが解った。
だが、女性の姿は闇の中に半分溶け込んでいるかのようで、はっきりとは見えない。
「誰、あなた?……で、どこなの、ここ?」
「陳腐で捻りのない……けど、もっともな質問ね」
闇の中の女から笑ったような波動が伝わってきた。
「ちょっと、何がおかしいの!?」
「あら、あたくしが笑ったのが解ったの? 見えるの? あたくしの姿が?」
「うっ……」
確かに、相手の姿は背景の黒い闇と混ざっているかのようで、捉えることができない。
「でも、ここが完全に闇だとするなら、あなたの姿が半端に見えるのも変よね?」
「ここには明るさなんて意味がないの。距離も、上下も、時間も、全てが無意味。だって、ここは物質世界じゃないのだから」
「……何よ? 霊界とか天国とか言うつもり?」
「あら、おしい……残念賞ね」
唐突に相手の姿が視界から完全に消えた。
「幽霊や魂という回答は不正解、でも実はかなり近い……」
背後からの声にクロスは振り返る。
相手は確かにそこに居た。
かなり近い距離……けれど、相変わらず相手の姿はなぜかよく見えない。
「正解は精神世界、貴方の心の中よ」
「……はあっ?」
クロスは不審そうな表情を浮かべた。
「あ、胡散臭そうに思いましたね? 別にいいのよ、信じてくれなくても、あたくしは困りませんもの。困るのは、貴方なのにね〜」
闇の中の人物が可愛く拗ねた……ようにクロスには感じられる。
「ああ、解ったわよ。全部信じてあげるわよ……で、あんたは何者で、あたしに何のようなの? そもそもなんであたしはこんな所にいるのよ?」
「あたくしは貴方で、用は貴方に文句をいうこと、貴方がここにいるのは貴方がまぬけだから……はい、全部簡素かつ的確に答えてあげました」
勝ち誇った高笑いでもしそうな雰囲気で闇の中の人物は答えた。
「……もしかして、あなた……喧嘩売ってる?」
クロスはわなわなと拳を振るわせる。
「まさか、自分同士で争っても何の意味もありませんもの」
「あなたがあたし……本当に? 全然性格が違うっていうか……一緒にされたくないんだけど……」
「うふふふっ、もしかして嫌われてしまった? あたくしは貴方が大好きなのに……」
闇の中の人物からとても楽しげな感情の波動が伝わってきた。
「むぅ……」
なんか苦手な……調子を狂わせるタイプなような気がする。
少なくとも、彼女が自分と同一人物とは絶対に思えそうになかった。
「まあ、あたくしのことは、黒クロスとか、悪クロスとでも適当に呼んでね」
「クロクロスにワルクロスって……なんてセンスないのよ、あなた……せめて、ブラッククロスとかエビルクロスとかにしなさいよね」
「そう? まあ、あなたがそっちがいいなら、そっちでいいけど」
「というか……」
この人物から黒だとか悪といった感じは全然しない。
寧ろ、自分と違って、やけに穏やかというか、優しげというか、不自然なほど清らかな感じがした。
「まあ、魔クロスというのが一番近いかも……」
「マクロス?」
「さて、とりあえず用件を済ませましょうか。別にあたくしのことを貴方と認めてくれなくてもいいの、厳密にはちょっと違うしね。そんなことより……」
「そんなことより?」
「ここ……つまり、貴方の中に住んでいる者、下宿人として大家に文句を言いにきたの」
「下宿人って、あなた……」
それは何かちょっと違うというか、何かが根本的に間違っている気がする。
「とりあえず、貴方が眠っていた間の事情を全部転送してあげる」
「えっ?」
闇の人物が指を鳴らした。
たったそれだけのことで、莫大な情報が強制的にクロスの頭の中に流れ込んでくる。
「……うっ……セリュール・ルーツ?」
「そう、あの不法占拠者をどうにかしてくれない、大家さん? こっちは迷惑してるのよ」
「……な、なるほどね……あの変な女にあたし……体を乗っ取られてるわけね……現状は……よく解ったわ……」
クロスは頭を押さえながらそう言った。
無理矢理情報を流し込まれせいか、頭痛と吐き気がする。
「あたくしが出しゃばって、あいつからこの体の主導権取り返してもいいんだけど……そうすると、貴方にちゃんと主導権を返してあげられるか、解らないのよね」
「主導権?」
「てわけで、大家……主人格として頑張って、あの不法占拠者から体を取り返してね〜」
そう言うと、人物の姿が闇の中にさらに溶け込んでいき、消えていった。
「ち、ちょっと、待ちなさいよ!」
「不法占拠者をここに呼びつけておいたから、ガツンとやっちゃってね! ガツンと!」
その声を最後に、人物の姿は完全に闇の中に消滅する。
「言いたいことだけ言って消えた……なんて、勝手な奴なの! あんなの絶対にあたしじゃないわ! んんっ?」
消えた人物の代わりに闇の中に新たなモノが出現した。



翠色の瞳。
闇の中に、翠色の一つ目が浮かんでいた。
大きい。
クロスの何倍も大きな目が闇を目蓋に、瞬きを行っていた。
「気色悪いわね……」
『……怖がるのが正しい反応だと思いますよ』
口も無いのに目玉の化け物が答える。
いや、声、音といった空気の振動ではなく、直接脳裏に意識が伝わってきたのだ。
「まあ、細かいことはいいわ。あなたが、セリュール・ルーツとかいう魔王?」
「ええ、そうです。まさか、あなたに私の支配を揺るがすだけの強靱な精神力があるとは思いませんでした……」
「ああ、それは……」
あのマクロス……自称クロスの別人格の仕業だろう。
「まあ、とにかくさ、回りくどいこと無しではっきり単刀直入に言うけどさ、出ていってくれない? 苦情も来てるのよ」
「……そうですね……あなたが私の支配を振り切って目覚めてしまった以上……また、あなたという意識を力ずくで封じ込めるか、共存……共有して体を使うしかなくなりますしね……」
「悪いけど、共存するつもりはないわよ……すでに、変なのに住み着かれてるみたいだしね……これ以上、スペースを他人に譲れないわ!」
クロスはきっぱりと言い切った。
「変なの?……ああ、なるほど、そういうことですか……」
目玉は独り納得したように呟く。
「何よ?」
「いえ、別に……ただあなたの中に侵入している『他者』は私だけですよ」
「ああ、じゃあ、やっぱり……」
認めたくないが、アレは……マクロスは本当に自分の別人格なわけだ?
「さて、どうしたもの……ん? どうやら考える必要もないようですね。お返ししますね、この体……」
「へっ?」
拍子抜けするほどあっさりとそう言うと、翠色の瞳は目蓋を閉じ、闇と化し消えていった。











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